メトロ・ニューヨーク現地視察ツアー2016参加者のご感想(その1)

2016年11月10日~15日にかけて開催しましたメトロ・ニューヨークの現地視察ツアーにご参加くださった都丸道宣様からのレポートです

一人が一人に出会うということ

JFK空港に着いたのは朝の9時くらいでした。日本は夕方17時くらいなので、夕方からもう1日与えられた感じ…。12時間のフライトで体には興奮した部分と冷静な部分が同じくらい残っています。結局その興奮と冷静は何度も朝にも夕にも訪れて、最後の日にも朝の体調か夜の体調か分からないくらいだったから、時差ボケもあったのかなかったのか、という感じでした。それでもニューヨークの今回の体験は私にとってこれまでとこれからを整理し主体的に何かを始めるためにはとても重大な出来事であり、どこからどのように語るのがいいのか、というのはとても難しいのですが、出来る限り皆様に分かりやすいように、また、かみ砕いて自分でもやってみようかな、という前向きな気持ちになってほしいという願いを込めながらお伝えしたいと思います。

 

今回の一番の私の目的は出会うということでした。それはサポートしている子(わが子とも呼びたいほどに愛しい人)に出会うことでした。ビルウィルソン先生の活動の初めには本人の体験があります。それは12歳の時に唯一頼りとする母親から道端に捨てられて、3日後に見知らぬ平凡なクリスチャンに拾われたということです。私はその出会いのシーンで二人がお互いの顔と顔を合わせたということが最も心に残ります。道端、というのもビル先生の活動の中では鍵になる場所です。私はサポートする彼と出会う必要があると感じました。そしてそれには、彼の住む場所まで平凡なクリスチャンの私が出向いて行くことが必要でした。それを通過儀礼として私は日本で何かを始められたら、と考えたのです。そしてその考えはとても理想的な形で出会いを演出してくれました。

 

私は2015年のビル先生のセミナーに出た日、ニューヨークに行きたい、とはっきり思わされました。そして、もし行くなら私は仲間が必要であると感じました。ニューヨークに行かないか、と友達に会えばそのように投げかけました。すぐに一人、行きたいという友が与えられました。同じ教団の違う教会に通う兄弟が手を上げてくれました。しかし彼はまだニューヨークということと、私から聴く程度しか活動の内容を知らなかったので、まずビル先生の「この子だれの子?」を読ませました。

では準備は良さそうだ、と今年の4月か5月にあたりをつけてメトロワールドのニューヨークに行こうと日本のメトロの事務所に連絡を取り始めました(もしかしたら去年の11月くらいにお願いを始めて、「冬はちょっとあまりお勧めしない」と答えられたかも知れない…)。

行こう行こうと思っていたら、ちょうどビル先生が5月にセミナーを日本で開かれるということで、ではそれに出てからにしようと友人と決めました。

そのセミナーの間(たぶん昼休みくらい)に、その友人に一人の子をサポートしてその子に会いに行く形でニューヨークに行くことにしないか、と持ちかけると、それも快く受け止めてくれ、私のニューヨーク行きは当初考えたよりとても意義が深まってきました。

 

私は教会で小学科の礼拝のスタッフをやっているのですが、彼らの成長にもっと仕えるにはどのようなコミュニケーションというのか、投げかけや信頼の結び方など、どうしたらいいのか模索していた時期でもあったので、たった6日のニューヨークでどれだけ出来るのかは分からなかったけれど、私の思いと、神さまのご計画と、友人の人生において、最善の時に最善のニューヨーク行きがなされたと確信しています。

 

また、私の信仰や私の信仰成長や、私が関わるミニストリーでの信仰の成長に仕えるためのビジョンに対しても、色々な示唆を与えられる旅であることを期待していました。旅を終え、私が旅の中で主に求めていたものは全て答えられたと言えます。

 

私の一番の目的である一人の子と「出会う」、ということはそのような色々な要素を背景に達成されました。そして、5歳の彼を取り巻くメトロの素晴らしい働きとの「出会い」も、私にとって大きな衝撃を与えました。もちろん、メトロの働きに触れることは今回のツアーの最大の目的ではあるのですが、彼に出会いサポートを始め、わが子とも言いたいほどに愛してしまっては、その彼を中心とした物言いになってしまうのは仕方ないこととお赦しいただきたい。「自分の子どもがこんなにかわいいと思わなかった」という、子ども嫌いを明言していたある友人に、子どもが与えられたときの名言を引用させていただき、ご容赦を願います。ま、私の場合は自分の…、ではないですが。

 

次回はさらに具体的な体験レポートをお届けします

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