ビル師デボーション講座 ”みことばを説くだけでなく、生活に生かす”(2020年1月)

2020年1月 今月のデボーション

みことばを説くだけでなく、生活に生かす

さあ、2020年です!
ここまでの40年間を振り返るとさまざまな場面が走馬灯のように頭の中を巡ります。
活動を始めたばかりのこと、数々の苦労、世界中でみことばを伝え続けた長期間のツアーなど。

そして、今月皆さんに何を伝えようかと考えていた私の心に、あるシーンがよみがえってきました…
その週末も私は礼拝説教に招かれてある教会に行っていましたが、礼拝が始まるのを待っていると、一人の男性が礼拝堂に入ってくるのが見えました。
人々は顔を寄せ合ってひそひそ話をしながら、ホームレスのような老人が聖所に入ってくる様子を凝視しています。
そしてその人が最後列の椅子に座ったのを見届けると、皆、あからさまにこの残念な事態について話し合っていました。
私を招いて説教を聴こうとしていた人たちです。

教会の執事が男性のもとに行き、何か話しかけてすぐにその場を去りました。
するとしばらくして、一人でやってきたその男性はのろのろと立ち上がり、きまり悪そうに首を垂れて、くたびれた上着を手にしました。
その人は礼拝堂を出て行ったのです、誰もが予想した通り。

この愚かな光景を、私は決して忘れることはないでしょう。
非常に胸が痛みました。
この人たちは、教会におられるイエスご自身に出て行ってくれと頼んだも同然だと思いました。

わかっていただけるでしょうか…
きれいごとは誰にでも言えるのです。
あなたには今、どんな魂もどんな機会も等しく尊いことを、はっきり認めていただきたいと思います。
集会もいいでしょう。
しかし、みことばを説いたり聴いたりするだけでは駄目なのです。
みことばが生命の源であり真実であることは確かですが、それを日々の生活の中に生かさなければ神の目には何の意味もありません。
あなたに実行していただきたいのは、日曜礼拝で皆でうなずき合って終わるのではなく、みことばを自らの生き方に取り込むことです。
福音を聴くだけで満足してはなりません。
人生設計のための土台としていただきたいのです。

さあ、新しい一年の始まりです。
過去の悪習慣を捨て去り、福音によって示される道を生きるスタートを切るのに、これ以上のタイミングはありません。
アッシジの聖フランチェスコは言いました。
「常に福音を宣べ伝えなさい、もしも本当に必要ならば言葉も用いて。」
教会は、言葉を用いて福音を宣べ伝えるだけでなく、それを実践する覚悟を持たなければならない、と私たちはわかっているはずです。
「教会」とは誰のことですか?
私たち、そう、あなたや私のことではないですか!
多くの人たちができると思う領域を超えて、私たちの恐怖心も乗り越えて、実践する教会となるかどうかは私たちにかかっているのです。

今年、ずっとみことばを伝えたいと思ってきた人に福音を宣べ伝えるチャンスがあなたにはあるはずです。
あれこれ言わずに実行してみましょう。
意外にすんなり受け入れてくれるかもしれません。

「すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』」
―マタイの福音書第25章40節―

心をこめて
創立者・主任牧師 ビル・ウィルソン

 


多くの方々から、このデボーションへの反響をいただきました。
さらに役立てていただけるよう、2月からは月2回(レポートとHPで)の配信とします。祝福がもたらされますように。